最近、チームビルディングの一環としてたくさんのデザイナーの方々とお話させていただく機会がありました。私は、他のデザイナーが何からインスピレーションを受けているのかを知りたいとき、「好きなデザイナーは誰か?」という質問をよくします。その答えとして一番多く耳にするのが「原研哉」です。

原研哉氏は、現代における最も有名な日本人デザイナーの一人で、私も日本に来る前から彼の存在を知っていました。私は「無印良品」の大ファンだったので、自然とそのグラフィックデザインを手がけた人物にも興味を持つようになったのです。彼のデザインは美しいだけではなく非常に深遠で、時には一目で理解するのが難しいこともあります。彼の作り出す作品は、美しさだけでなく、観ている者の感情までも表現しているのです。

私は、彼が日本や世界中で尊敬される人物である理由を知るため、新年に彼の著書である「デザインのデザイン」を読みました。この本に記述されているデザインに関するアイデアは非常に複雑であり、デザインについて深く熟考した者にしか辿り着くことのできないであろうことが記されていました。彼がデザインのあらゆる側面について表現する際、表面的な部分を飛ばし、いきなり核心に迫ることがよくあります。そういった部分は、現代における最も偉大な思想家と称されるカナダの心理学者であり、討論の際にはまずその問題の意味を定義することから始めるジョーダン・B・ピーターソン氏のことを想起させます。例えば、この本の中に「白」という章があります。そこには、白という色が生命体の原型であることが語られており、さまざまな動物の母乳や卵の色との関係性が描かれています。質問に答えるためには、まず質問を完全に理解しなければなりません。さらに言えば、全員が、質問を自分とまったく同じ解釈で理解していなければならないのです。

最近、社内のデザインチームの小さな再編成が行われ、その過程で私は改めてデザインについて、また、チームの一人ひとりや会社にとってデザインが何を意味するのかについて、改めて考えました。そして、良いデザインを生み出すためには、アイデアが生まれる前の段階にある、思考や環境をデザインしなければならないという考えが私の中で生まれ始めたのです。

デザインとは、日常生活の中にある新しい疑問を発見するために、私たちの耳と目を駆使する仕事である。


原研哉

「デザインとは何か」という章では、デザインの起源まで遡ります。「デザインは、人間が道具を使い始めたその瞬間に生まれた。」という言葉に始まり、猿人類がまっすぐ立って歩き始め、棒のような物を拾い武器として使い始めた瞬間を描写しています。ここで描かれるデザインとは、私たちの環境を形作っているこの世界を、理解に基づいて変容させることを指しています。つまり、デザインとは、環境をより良くするために人間の知恵を応用する行為だと言えます。

「Repro」では、デザインを問題解決のための手段として扱ったり説明したりすることがよくあります。そのため、普段から私はユーザーが抱える問題の核心にたどり着くことに重点を置いています。多くの人が、レイアウトの組み合わせやブランディングにおけるタイポグラフィーや色、UIフレームワークの使用、UXデザインにおけるユーザビリティテストなどから生まれるすべてのデザインは美学であると考えているかもしれません。しかし私にとって、これらはすべて問題解決のためのデザイナーの道具のひとつに過ぎないのです。つまりこの定義によれば、使うツールが違うだけで、誰もがデザイナーであるとも言えるでしょう。

原研哉氏もまた、非常に几帳面で厳格な人物です。テック系スタートアップ企業のペースにおいては、アイデアの探求や細部へのこだわりは贅沢であり、そこまでの余裕がないことが多くあります。「無印良品」の広告キャンペーンのため、原氏とフォトグラファーの藤井保氏はボリビアのウユニ塩湖を訪れました。同行したスタッフが一晩かけて足場を組み立ててくれたおかげで、彼らは4メートルの高さからの撮影を実現することができました。もし、テック系スタートアップ企業において同じような提案があったとしたら、代わりにストックフォトを使うようにと間違いなく言われてしまうでしょう。

写真提供 Hara Design Institute

もちろん、このようなプロジェクトにかかるコストは計り知れません。しかし、こういった試みの最大の価値は、この壮大なプロジェクトを実行しようとすることそのものにあるということが分かりました。この章を読んでいて、私は以前観た、2017年に世界一のレストランに選ばれているニューヨークのイレブンマディソンパークというレストランが再オープンを目指すドキュメンタリー映画のことを思い出しました。この映画の中で、レストランオーナーのひとりであるWill Guidara氏は、すべてのテーブルの皿を、ロゴが下向きになるように置くようウエイトレスに指示します。ロゴは見えなくなってしまいますが、それよりも彼は、皿を意図的にレイアウトすることに価値を見出したのです。

もうひとつ私が印象的だと感じたのは、原研哉氏のコラボレーションの必要性に対する理解でした。彼は、自身が参加しているプロジェクトをテニスの試合に例えています。そして、デザインはテニスボールであり、デザイナーとの関係性は、彼が打ったサーブにトッププレイヤーが打ち返してくるようなものであると語ります。

私は、自身が書いた「デザインの価値」の記事の中で、デザイナーと他部署の間でサイロを細分化する必要性について訴えました。原研哉氏は明らかにこれを意識しており、他のデザイナーたちがそれぞれのプロジェクトの背景にある深い意味を理解できるよう手助けをし、彼らとのコラボレーションを実現しています。

私が今まで出会ってきたほとんどのデザイナーは、シンプルですっきりとした、ミニマルなデザインを好むと言っていました。しかし、彼らの作品には、雑然としたレイアウトや、たくさんの不要な情報が多く見受けられます。そして私自身も同じように、できる限りの注目を集めるためにたくさんの情報をデザインに組み込まなければならないというプレッシャーは痛いほど理解しています。「無印良品」の広告には、こういった慣習とは対照的なものが感じられます。原研哉氏は「無印良品」の広告を「空っぽ」と表現しており、広告をたくさんの情報で満たす代わりに、彼は広告を空っぽの器として提供し、観客に自分で満たしてもらうように促します。彼は、これを日本の国旗と関連付けています。赤い丸それ自体には意味がありませんが、見る人が意味を与えるのです。おそらく、このような非常にラディカルでユニークなデザインを正当化する能力こそが、彼の最大の武器なのかもしれません。

原研哉氏の仕事について知っていく中で、私は、イメージの裏に隠れているストーリーこそが、イメージそのものよりも意味を持つことがあるという見過ごしていた事実を確信に変えることができました。「Starving Child and the Vulture」というタイトルの、飢えている子供の背後に飛んできたコンドルを捉えた写真のストーリーを例に挙げましょう。この写真には、これを撮影したフォトグラファー、Kevin Carter氏が、殺害の鮮明な記憶に取り憑かれた彼自身を写しているという隠れたストーリーも描かれています。この写真はピューリッツァー賞を受賞し、TIME誌の「史上最も影響力のある写真」に選ばれました。

Starving Child and the Vulture by Kevin Carter

原研哉氏の思考は非常に複雑で、彼の本を一冊読んだだけで理解できるような人物では到底ありません。この記事を終わらせるのに相応しいであろう、彼の本からの一節の要約を記したいと思います。

「知識の習得はゴールではなく、それは、思考への入り口に過ぎません。」

そして、この「デザインのデザイン」という本は、すベてのデザイナーが読むべき、デザインにおける思考への入り口だと言えるでしょう。

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著者について
Alex Kwa

デザインマネージャー、Repro
Repro創設時からデザイナーとして従事。
ディーター・ラムス、吉岡徳仁と深澤直人を敬愛している。
ストリートブランドSupremeをこよなく愛するノマドワーカー。